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裂地
茶道において裂地が使用されている主なものは、書画の表装、茶器の仕服、 道具類の袋裂や帛紗などです。
これらに使用する裂地は、いわばそれらに着せる着物の ようなものですから、作品がよければよいほど、美しく飾りたい、その作品にふさわしい 裂地を選びたいと、茶人たちが思うのは当然のことだったでしょう。
したがって、作品に付属する裂地は作品の装飾であり、また、これを鑑賞する客に対しては 無言の誇示ともなったのです。
このような心構えで裂地を選んでいきますと、そういう意志表示が可能な裂地は、 その品種もおのずから限られてくるのが当然だったでしょう。
と、同時に、選ぶ人が華麗性か、謙虚さか、情趣性かに焦点をあてて強調しようとした結果、金襴 、銀欄、緞子、間道、錦、モール、風通、更紗、印金、海気、ビロードなどの豊富な種類になったと思われ ます。
茶道で裂地といえば、だれもが名物裂を連想します。そのため、茶道で用いられる裂地はみな 名物裂と考えられておられる人があるようです。
しかし、茶道と名物裂はまことに密接な関係が ありますが、茶道に用いられている裂地の全部が名物裂とは限らないのです。
では、名物裂とはどんな裂地を言うのでしょうか? ある裂地が名物裂と呼ばれるには、一つの資格が必要とされました。
足利八代将軍義政の時代、将軍家にある中国の名画、名器を能阿弥に選定させたものを 『東山御物』と呼びましたが、その『東山御物』のことを大名物と言っています。
名物というのは、桃山時代に千利休、津田宗及、山上宗二らが選んだもので、山上宗二が著わした 『茶器名物集』の載っているものといわれています。
中興名物は、江戸時代、小堀遠州が大名物、名物以外の多くの茶器、茶道具を鑑賞し、 優秀で卓越した品を名物として、中興名物としたものです。
これらの三名物および著名人でしかも茶道に親しむ人々に最も密接な関係をもっていた裂地が、 後に名物裂と呼ばれるようになりました。
一般に名物裂は、主に、中国や南方諸国で生産され、製作年代も中国では、宋、元、明、 清の各時代、南方諸国では十六世紀から十七世紀ごろです。
そして、その種類は金襴、銀襴、緞子、間道、錦、モール、印金、金紗、 海気、更紗、ビロードと数えられ、その総数はおよそ四百点に近い数といわれています。 しかし、その主軸をなすものは 金襴、緞子、間道と言えましょう。